田村秀男

黒田日銀が日銀資産を無制限に増やす政策に踏み切れば、マーケットは「量的緩和=通貨安」という論理に突き動かされ、円安がさらに進む。「円安は日本株高」という見方から日本株買いが同時進行する。そこで円安基調が今後2年続くと仮定しよう。 円安は輸入原材料価格を押し上げる。最近でも、「アベノミクス」による円安を理由に鉄鋼、石油化学、繊維など産業素材、さらにトイレ紙やティッシュ紙、小麦粉などでも値上げの動きが広がっている。 問題は、企業段階の値上げは消費者物価指数(CPI)上昇に結びつかないことだ。2004年11月から07年夏までの円安局面では企業の製品値上げが広がったが、代表的なインフレ指数であるエネルギーと食料品を除くコアCPIは下がり続けた。小売り段階まで値上げが浸透しなかったのである。ということは、コスト上昇分を下請け企業や流通業者が負担したことになる。最終的には日本の事業所雇用総数の8割を受け持っている中小企業の雇用や賃金にしわ寄せされるので、消費需要が押し下げられる。 他方で、円安に伴う株高は企業の資金調達コストを押し下げる。また、個人投資家の気分を高揚させ、個人消費を刺激するに違いないと思いたい。確かにデパートでは高額商品が売れ出したと聞く。だが、円安を受けて07年6月に日経平均株価が1万8000円台まで上昇し続けた期間、個人消費は低迷を続けたし、民間設備投資の回復は1年弱にとどまった。1980年代から現在までの長期間をみても、日本の個人消費と民間設備投資動向は株価との相関性が極めて薄い。 日本と対照的なのが米国である。株式保有者の数が野球ファンよりも多いだけあって、株価が上がれば、個人消費も上向く。民間設備投資となると、株価のアップダウンとほぼ同じ波動で呼応する。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が量的緩和による株価の上昇を重視するのは、実体経済への波及効果の大きさを意識しているからなのだ。この米国モデルはしかし、日本に当てはまるとは考えにくいのだ。